昭和41年10月12日 夜の御理解
                          末永静行(№41-114-A-3)



こう言う信心をすればおかげが受けられる、私がここをこう改まればおかげを受けられる事は分かってるんだけれども、そこんところが、信心が分かるようになる、それまでが、それまでは一つ分からにゃいかんですね、それを分かっとらんから、その、次の信心が出来ません。
私はここをこう改まりゃおかげを頂く事は分かってるんだけれども、ここを私が迫力のあるこう言う信心をさせもらえやもう間違いなしにおかげを頂く事は分かってるんだけれども、私はこう言う在り方にさえなりゃお徳を受ける事は分かってるんだけれども、これは、もういよいよ神様が分かった印なんです、ね、ですから、それまでが私は信心だと思う。
それを、さぁーこうやって一生懸命信心させてもらいよるけれども、一生懸命修行させてもらいよるけれども、おかげを頂くやら頂かんやら分からんから途中挫折するんですよね、また、そのことを本気でやはり精進しようとしないのです、ここでは、まあ、それを、まあ、言うならば、私のささやかな信心だけれども、そこに手本があるから、まあ、まあ、おかげは受けられるじゃろう、信心しおりゃ先生もあんなに仰るし、先生も前おかげを受けておられるから、おかげを受けられるじゃろうぐらいで信心を続けておる人が、まあ、ほとんどじゃなかろうかと、その証拠には変りばえが一つもしない、こう言う信心をすりゃおかげを頂くことは分かってると言う、ここをこう改まればもうおかげは受けられる、徳を受ける事は分かっとると、と言うところまで神様を分からせてもらわにゃいけん。ね。ですから、その取り組み方が尋常じゃない、人とは違うという事にもなるのです。
それにはどうしても一つ、信心修行が楽しゅうなる、嬉しゅうなるといったような信心、これは私が福岡でお商売をさせて頂いたところ、当時、私が目の花の手前の方牛田と言うところに二階家を借りてからの時分です、もうその時分にお店の方が私共四人、三人おりました、一輪車が四台ございましたが、私は朝の五時の御祈念に一人がお食事の準備をするから残っておる、三人、私がとものうてあらたの教会に朝参りをする、あの当時は、いわゆる、ご承知のように、非常に遅配欠配(ちはいけっぱい)の激しい時でございましたから、もう麦ご飯の中にもうたくさんの唐芋を切り込んでご飯にするという時代です、まだ家内は福岡にいっとらん時分ですけどね、そのご飯をみんなで頂きます時に、もうとにかく私はもう芋のところばっかり見よって食べるからひもじゅうしてたまらんじゃった、いうなら、私だけはここんところを食べても、いうなら、人は文句を言われんところですよ、ね、私が、いうなら、大将ですから、けれどもその芋のところだけを私がよって食べれる事がそれが嬉しゅうてたまらんじゃった、ご飯に入れてしまうとまだ早うございますから、お商売に出るのが早いですから、三台の自転車を二階におりる人たちが気のつかんようにして私は洗ったり掃除をしたりさせてもらいよった、でそれがとにかく有り難いんです、それが嬉しいんです、どう言うところからあー言うような、言うなら、ばかげた話なんです、ね、私が唐芋が(   )好きじゃないのですけれども、ね、自分がその唐芋を食べさせてもらえれる、もらうと言う事がです、有り難かった、他の自転車の掃除やら洗いをさせてもらったり、そう言ういう事が有り難かった。本当に私は馬鹿らしい性分じゃ、本当に店の方達の自転車までこげんして洗わにゃならん、もう、それこそ、金光様、金光様でご飯を頂き、金光様金光様で家の掃除をさせて頂き、それから一事が万事がそう言うような状態だった、ね、勿論おかげを頂いてから、本当に神様の間違いない働きをです、ね、お商売が大繁盛したと言う意味じゃないですけれども、何とはなしに身近に感じる毎日でした。だからこそまたあれが出来たんだとこう思うんですけれどもね。
今朝から福岡の秋永先生が毎日日参があっております。もう、とにかくお参りをさせて頂く、御理解を頂くという事がもう楽しい、御理解、もう、とにかくテープを買って行っておられる、それを何回も何回も聞かれるんですね、そして、その一言一句を味あわれる、もうその素晴らしさにただただやはりお礼参りさせてもらわにゃんおられんと言うのが現在の秋永先生の信心の状態だと私は思うんですけれども、何か修行はないだろうか、何か御用はないだろうか、何かもう少し修行をさせて頂きたいといったようなその意欲に燃え立っておりながらもそう言う信心をしておられる、福岡から日参というんですから、それはやっぱり本気で神様に心を向けなければ出来る事じゃないです。
そうしましたらね、私はね、秋永先生が長刀をですね、こう言うふうに押し倒すような格好でこうして、こうしておられるところを頂いた。ちょうどお話、お届けのなか、今ね、あんたのお届けをさせてもらいよる時にこういうような格好で長刀を頂いたんだけれど、そしたら、こう言うふうにしておるという事はこれは押し頂く時がこうするんです、はぁーやっぱ押し頂きよるとじゃろうと、長刀という事はやはり女のやはり真剣、男が剣なら女なら長刀を使いますからね、真剣に、いわゆる、その長刀を、いわば、修行を押し頂いて頂こうとしておるその状態なんです、何か修行をさせて頂きたい、そういうような、心の状態、そういようなお取次ぎをさせて頂いとる半ばに電話がかかって来た、福岡の富 永さんからでした、ね。
だから、でしたから、まあ、ご無礼をしてから、電話機、受話器を取らせて頂きましたら、お母さんが、もう、最近は意識不明、ね、その、眠り続けておられる、で何回か目を開けられるから目を開けられる時だけは親先生のお話をしてあげましょうねと言うたらいっときうなずかれる、それだけしか分かられない、ね、でそう言う状態ですから一時も放すことが出来んのですけれども、十六日のご大祭だけはどうかしておかげを頂きたい、御用も頂きたい、お参りもさせて頂きたいとこう言う願いを持っておられるんです、先日からその事でちょっと、その、迷ったもんですから、お母さんの所に電話をかけた、ところでお母さんもそんな事ですから、ここにそのことのお取次ぎを願われたから、さぁーどうどうとは言えん私としては、けども、私なら神様にお母さんのことをお願いして参ってくると私は言うたら、その後すぐ電話をかけた、そしたらもう昨日は夕方久留米のほうに電話がかかっても大変な電話で伝わってくる、もう生き生きした元気な心が伝わってくるような、もうお母さんこれで腹が決まったと、もうどんな事があっても、もうとにかくお母さんの事は神様にお願いをしてから、十五日の夜から御用にでてくるから、おかげを頂きたいということであった。
今日も、やはりその電話、そのことであった、こうして決心をしましたから、どうぞ、ご大祭にはお引き寄せを頂きますようにと言う、そのことでございました、そのことを私はお願いをさせて頂きよりましたら、富永さんが白い鉢巻を後ろにきりっとしてですね、長刀を、昔の兵隊さんが重金でとられましたですね、その時にもうとにかく前の方へやーっとついて長刀をその重金をもったよう格好してから、もうとにかくおしのいてしかない、つきぬいてしかないといったような格好で前に前進しておられるところおを頂いた、ね、秋永先生のそれといい、富永先生のそれといい、ね、信心に、今日私がいう、本当にここをこう改まればです、ここをこう言う信心をさせてもらえればおかげが受けられるという事が確信できるまでの過程にここが必要なんですよ。こう言う信心が。まず修行を押し頂いて頂こうとする姿勢、態度が、姿勢なんだ。
そういう信心からしか私はその一にも押し、二にも押し、三にも押しと、いわば、神様に向かっては押しぬいてしかないと言うような信心が必要なんです。ね、そこを通らせて頂いて私は初めてです、いよいよ、こう言う信心をすればおかげは受けられると言う見通しもつきゃ、ね、ここをこう私が、それは難しい事なんだけれどもこれをこう私が改まった、おかげを頂きさえすれば、お徳が受けられるんだという事をです、確信出来れる信心が頂けてくるとこう思う。ね。
皆さんがここをこう改まると、こう言う信心をさせてもらうとおかげを頂く事は分かっとるばってんと言うけれども、まだそれはほんなもんじゃないと私は思うんです。ね、だから、そこんところが分からせてもらう信心、先ほど、上滝さんがお礼に出て見えてから、今日は先生、大変な広大なおかげを頂きました、私共が火事になりました、私は火事になったと私は聞き直したら、まあ、火事になったしまったげんなえ、なろうとしたのでございます。物置の中から漏電でそこにあった農機具やら、その、いろいろここにかけてあったものが焼けただけで、おかげで大事に至らず、丁度五時ごろであったから時間が良かったと、姉と私と二人でおった、それで、まあ、(       )も来て頂いて、消し止めておかげを頂いたとこういう、でそのことを、まあ、お礼を申し上げさせて頂いたんですけれども、もう、とにかくですね、やはりあちらのその物置はつかわん通りに作らなければどうにもできないですよ、今度新しく出来た新築のうちに、その、物入れといったようなところがないんですから、けれども、ご真意をお伺うたら、まだ時期はまだ時期はまた出てくるかもしれない、けれども、本当にこのご真意と言うものは本当におろそかにしたらいけんなあと私は今日はなお痛切に思うたんですけれど、兄さんのほうがもうしょっちゅう例えばカメラまでもってきてやんなさるような状態だったもんですから、あれを建てたんです、もうそんな事だったですが、やはり、やはりお気付けであったとこう思うんです、ね、大事に至らずにおかげを頂いた、そのことを私は今日はだから、もう今日はその上滝さんのその事だけをお礼申し上げりゃ、今晩の御祈念の意義があると私は思うたから今日はいつもより一時間も早く私は御祈念にかかったんです。ね。
そして、その事をお礼申させて頂きよりましたら、またですね、ちょうどさんぷくつうじゃないけれども、いわば、秋永先生の長刀を押し頂く所を。富永さんがその長刀をこう言うふうに巡検のあれの持つようになる姿勢で前に前進しいかれるところ、そして、今日、只今私が頂いたのは上滝さんのお母さんが長刀こう言うふうに構えてじいっと前のほうを長刀を回しながらですね、その、自分はどっからでも良いから打ち込んでこいといった_ような、自分はじいっとしておるわけですね、隙があるなら、と言うぐらいに、やはり神様を外さずに、いわば、その、しておると言うような状態を頂くです。長刀をこう構えて、隙があるなら打ち込んでこいと言うようにこうやってあたりを見回しておるわけなんです、いかにも立派なようでありますけれども、人間のことでございますから、どこにやはり隙があるやら分かりません、神様が、いわば、隙を見い出しなさる事になったら、もうそれこそ、すきだらけに違いはない、ね、自分が動かずしてから、さぁー受身でです、自分が隙をつくりさえ、信心っちゃもう自分が金光様、自分の心の中から頂きさえ、頂きさえしときゃええ、なるほど、それも理屈ですけれども、それではいけないという事を感じましたですね。
信心にはやはり、まず、まず真剣に修行を押し頂いて頂こうとする姿勢と、同時に信心ばかりは一にも押し、二にも押しというて、自分の方から動いて前に前進していくという信心が必要であると、椛目にはそうした人がたくさんおります。ね、日頃、頂いておる教えはちゃんと家庭のの中に頂いて、そして、隙をつくらんようにこうやって構えておるといいよるけれども、なるほど、それは師匠の事でございますし、また、隙もつくらんで、なるほど行きよるんですけれども、さぁーそこが人間です、生身です、どこにお粗末ご無礼があるやら分からんって、ね、いわば、こちらが受身に、いや、自分は動かずにただ長刀をとって動かしておるというのではなくてです、やはり、自分の方からぶつかっていくと言う信心が必要であるなあという事を私は感じたんです。ね。
本当にそういう広大なおかげを頂いて、いつもおかげを頂きましたと言うのではなくて、そう言うような一つのお気付を境にですね、いわば、自分でこう構えておると言う信心から、こちらから進んで、いわば、打ち込んで行くと言う信心に変えられていかなければならない、そう言う信心をさせて頂いて、初めて今日私が言う、こう言う信心をすればおかげを頂くことは分かってるんだけれど、ね、ここをこう改まりゃお徳を受けれる事は分かっておるんだけれども、けれども、人間のさらの悲しみとでも申しましょうか、人間の性の中にはです、分かっておって出来ない事がたくさんある、ね、ですから、それが分かっておる時、これじゃ行かん、こう言う信心をせにゃんおかげが受けられんという事を心の中に、いわば、繰り返し繰り返し考えておりますから、何かここに一つの事と言う時・・・。
(途中切れ)